学光Vol.12(HP用)
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StoryTukyo通教在学中の神田さん教員時代の神田さん家庭の事情や部活動での指導者による理不尽な扱いで影を落とした高校時代。大学進学をあきらめ、ひねくれた態度で過ごしていましたが、心の痛みをわかってくれる先輩との出会いを転機に、地元の工場に就職。通勤途中にある小学校で、先生と生徒が生き生きと活動する姿に、何か心をひかれました。静岡での行事に創立者が出席した際、お会いできることを熱望するも、結局、中継でスピーチをうかがうことに。戸田城聖先生が創立者に語った「若いときはうんと苦労しろ。苦労しなくては立派な指導者にはなれない」との言葉が胸に刺さりました。そんなある日、創大に通教があり、教員になれる道があると知り、1986年春、教育学部に入学。「どんなに苦労しても教師に」「どうしても創立者にお会いしたい」。この二つに突き動かされて進んだ道でした。乗り越えなくてはならない壁がいくつもありました。当初の勤務先では、十分な休暇取得ができず転職。転職先でも働きながら学ぶことへの理解が得られず悩んでいた時、受け入れてくれた眼鏡店の経営者は、仕事には厳しい人でしたが、寝ずにレポートを書いてフラフラになっている時に業務に支障のない範囲で休憩できるよう計らってくださるなど、応援の心で包んでくれました。仕事や地域での活動に疲れ切ってレポートが書けず、締切直前に夜を徹して仕上げ、大学に直接出しに行くことも何度もありました。それでも、キャンパスで学友と語りながら空を見上げるときの幸福感に勝るものはありませんでした。何よりも忘れ難い創立者との出会い。学内で私たちを見つけ大きく手を振ってくださった姿。当時、中央体育館の舞台下にあった卓球場での授業中、上でスピーチする創立者の声が聞こえてきて、受講生はみな興奮、授業にならなくなってしまったこと(担当の先生も温かく許してくれました)。執念で静岡県の教員採用試験合格と4年間での卒業を決めた後、創立者が当時の通教棟をご訪問、掲示された教員採用試験合格者の一覧をご覧になり「この静岡の神田聖一君に、代表で」と、ご自身が撮影されたお写真を贈ってくださったこと。真剣な願いは必ず通じるんだ、と感涙が溢れました。市で初の創大出身の小学校教諭となり、風当たりを感じることも多々ありました。しかし、通教で得た「自分の可能性を信じる力」「負けじ魂」「学ぶ喜び」は、何を言われようと子どもたちの中に飛び込み、新しいことに挑戦し続ける原動力となりました。52歳で特別支援教育コーディネーターの分掌に就いた時、専門性を高めたいと考え、特別支援学校教諭2種の免許を取得しました。定年退職後の神田 聖一さん卒業生 静岡県在住 現在、市の発達支援センターに任用され、児童・保護者・教員をサポートさせていただく立場となったことにつながっています。創大出身ということで、様々な目で見られることもあった私が、「人に寄り添ってきたあなただから、できる」と託していただいた期待に応えようと、現在、認定心理士の資格取得を目指し、大学通信教育で挑戦を続けています。定年退職目前の2024年、ステージ3の前立腺がんと診断され、休職し手術。無事成功し、検査で数値が検出されないことが続き、今秋ついに「1年間の経過観察」という診断をいただきました。休職中、担任不在のクラスで、さまざまな成果をあげて待っていてくれた子どもたち、「笑うことは病気と戦う力になるよ」と面白い動画を見つけては教えてくれた娘・家族。「周囲の支えがあっての自分」と、改めて感謝できる貴重な経験でした。今後も、関わる全ての方々のお役に立てるよう成長し続け、後輩の道を開いて、創友の使命を全うしていきたいと思います。15創友の道を開く人生を突き動かされ“労苦の道”へ苦闘を乗り越え、通じた願いGraduate Tukyo

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